ギャラリー

ご挨拶

私は幼いころから、父が絵を描き、完成させていく過程をそばで見守るという幸運に恵まれてきました。

絵が少しずつ姿を変え、完成に近づいていく中で現れるのは、心が澄み渡るような静かな安らぎに満ちた風景でした。

若い頃には赤や力強さのある表現を、年齢を重ねるにつれ、青く静謐な空や人々の暮らしを、父は描いていました。そのどれもが、見る人の心にそっと寄り添うような、優しさと温かさを湛えているように感じます。

これらの作品たちが、誰かの目に触れることなく眠ってしまうのは惜しい──。

そう思いながら、今日ここに父の絵を並べました。
どうか、父が描いた世界を、ゆっくりと感じていただければ幸いです。

父は生涯、絵を描くことを愛し、教えることを楽しみ、まっすぐに日本画と向き合って生きていました。
きっと今も、空の向こうで筆を持ち、喜んでいることと思います。

父と関わってくださったすべての皆さまに、深く感謝いたします。

納富賢智長女 橋口 扶佐子

日本画について

「日本画」は、明治時代に「洋画」と区別するために生まれた、日本の伝統的な絵画様式です。
特徴は、和紙や絹などに岩絵具や胡粉、墨などを膠(にかわ)という接着剤で溶いて描くこと。

岩絵具は天然の鉱物や宝石を細かく砕いて原料にしています。
幾重にも重ねて描く為、光の反射によって粒子がキラキラと輝き、見る角度によって表情が変わってくるのも特徴です。

納富 賢智(のうとみ けんち)プロフィール

1927年

佐賀県富士町に生まれる。佐賀師範学校卒業後、教師となる。

1950年

結婚を機に福岡へ移住(古賀市、のちに新宮町)。教職の傍ら日本画の制作に励み、退職後は地域での日本画普及にも尽力した。

1957年

福岡県美術展に初入選。翌年、文部大臣賞を受賞し、本格的に絵画制作に没頭。
王鏡、垣輪、国内外の建物や自然の風景など、多彩な題材に挑み、54年間にわたり描き続けた。
晩年には、「ノウトミ・ブルー」と呼ばれる独自の画風を確立する。
ギリシャオリンピック展をはじめとする国外展には38回出品し、活動は12か国に及ぶ。
ガンジー賞をはじめ多数の賞を受賞。ルーブル美術館にも2度展示された。
個展は『画業50年展』を含め、計13回開催。

1960年〜

福岡県美術協会会員となる。

1980年~

福岡県美術展審査員。

1983年〜

福岡市美術展審査員。

1996年~1999年

糟屋地区美術展 審査員。

2006年

糟屋地区美術展 名誉審査員。

2011年3月

逝去。享年84歳。

所属(順不同)

佐賀県・糟屋郡・福岡市 教職/福岡県・福岡市 美術協会理事・審査員/糟屋地区美術展 運営委員・審査員・名誉審査員/古賀市文化協会 理事・講師/古賀町社会教育委員/新宮町文化協会 理事・講師/山本文房堂アートスクール 講師/宮崎県 日本画講師/日本画翠潮会 主宰/旺玄会 会員/日本墨相展 会員/日本画玄霜会 会員/福岡県美術協会 会員